2017年 02月 12日

土塊 (つちくれ)


土塊(つちくれ)

わたくしの頭のなかに蒔かれた種。その大部分はそのまま土に返ってしまった。掘り返しても土塊と見分けがつかない。種は、種を失ったのだろうか。

不意に、死んだらどうなるのだろう。という問いが土塊からなされる。て淋しいね、とわたくしは答える。その問い自体が淋しくって仕方がない。土塊は黙る。黙らないでほしい。

土塊はわれわれの死者をすべて受け入れてきた。死者の呼吸が土塊であり、死者の栄養が土塊であり、死者の存在が土塊である。最も死者を知るものは土塊なのだ。

そのくせ土塊はわたくしに問う。死んだらどうなるのだろう。問いの中に、いやあなたの中にすでに答えがあるではないか、土塊よ。

生きている者は、滑稽なだけ。わたくしは幾人かの死者の眼に晒され動かされている。何故なら死者を裏切ることは決してできないからだ。

完黙の土塊は死者を丁重に扱い続けてきた。わたくしは死者と一体化した土塊が怖い。わたくしはわたくしの死者に操られている。

やはり新しい種を蒔こうと思う。そう思い直したわたくしは静かに種を手にふくませた。種蒔くわたくしの姿は、祈りの儀式にも似ていた。



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# by kayu_hiko | 2017-02-12 19:24 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 10日

あれ 散文詩


あれ


坂の町でシャーマン レレナさんと落ち合う。純喫茶ボンは、急斜面にしがみついたもののその後の対応はしきれずテーブルが若干傾き、わたくしのビックボールペンが今にもジャンプする気配だ。

三分で出てきた珈琲二つも速やかに零れテーブルが黒く潤って気持ちがいい。どういうシステムのお店なのか肝心の所が掴めないが、自分のシステムも二〇〇七年に破綻したままなので口を噤む。

頼んでいたミックスサンドは、星三つの風貌だった。ふわふわ卵サンドとさきさきと声が聞こえるハムレタスサンド。テーブルに載せられると物凄い勢いで落下した。

シャーマン レレナさんは、目の前の過剰な出来事に一切関心を持たず、しんと下を向いたままだ。何で落ち合ったのかさえレレナさんには興味がなかろう。珈琲二つを追加注文した。

レレナさんは再び零れるはずの珈琲が運ばれてくる前にぽそりと言った。「この店には、いるわ」「なにが」「あなたとあれが」「なに言ってるの、僕は関係あるまい」「あなたが主犯!」「はい、僕とあれがやりました」と勝手に口が動いたやめて下さい。

わたくしとあれは入店と同時に不自然な同期を始め異常な波動を空間に与えていた。わたくしの破綻したシステムの残滓が純喫茶ボンの些少な傾きによって息を吹き返したのだ。馬鹿げているがそれがわたくしのシステムの初期設定なのだごめんなさい。

店を出るとレレナさんは優しくなった。「もう大丈夫よ」。われわれは夕暮れの坂を下った。レレナさんはさっきから、ほほ笑んでいる。彼女はわたくしを含む世界のすべてを愛しているようだ。わたくしは。どうなのだろう。




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# by kayu_hiko | 2017-02-10 15:18 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 09日

サンチョ (散文詩)



サンチョ

わたくしの住まいはほぼ鹿さんの居住地域と重なっている。入居当初は鹿さんたちの手荒な歓迎を受けたがすぐに忘却された。椿の花が一番の好物。これは鹿さんの秘密。

一匹だけ馴れ馴れしい鹿さんがいてサンチョと呼んでいる。サンチョはよく笑う。わたくしの言動、挙動、運動の全てが可笑しいと笑う。サンチョの角はカーブを描いて、とんがり。

ある朝、家の前にサンチョが佇んでいた。黒っぽいタクシーのようにも見えた。「おはよう」と言うと「お乗りなされ、奈良駅まで送りまする」と有り難い古い言葉。サンチョの口に椿を放りこんでやった。

ところが、というより、予想通りサンチョは森へ入ってゆく。「こらこら」と言うと「ほれほれ」と相槌を打つ。「こらこら」、「ほれほれ」、「こらこら」、「ほれほれ」。奥へ奥へと入ってゆく。

われわれの可笑しな運動。これぞ人鹿一体のちぐはぐさである。この運動に森の神様がうんざりしたからか、サンチョの馴れ馴れしさが度を超えたからか、時空の裂け目に入ってしまった。しかし、わたくしにはよくある事。一刹那、赤い蝶の大群を見た。

奈良駅前にサンチョの姿は無かった。広場の鑑真和尚はずぶ濡れになって笑っている。修行も大変だ。お、和尚の頭上に赤い花。あれはきっとサンチョの忘れ物。





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# by kayu_hiko | 2017-02-09 10:21 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 07日

染井吉野 散文詩



散文詩


染井吉野


水路沿いの空地に染井吉野が一本咲いた。わたくしは、わたくしを脱ぎ捨てて呆然と花を見ていた。錆び付いた自転車を漕ぎ漕ぎ漸く小さな幸せに辿り着いた。そりゃ、眼鏡も光るはずだ。

脱ぎ捨てられたわたくしは、思うようにふくらみを保てず眠っているみたいだ。でも、胸のあたりが凹んでは凹み、もう後がないのかもしれない。脱皮した方のわたくしは、手を合わせた。

満開の染井吉野の花びらがわたくしの襤褸自転車と噂話をしている。内容までは聴き取れないが、わたくしの来し方行く末を案じているようだ。ああ、もうすぐ眼鏡から鳩が出そうだ。

ぼろりん、と出てきたのは雀だった。いつも間違いだらけだがそれにも慣れた感じ。わたくしの肩に乗っていただき、一緒に染井吉野を眺めていた。

帰り際、眼鏡が消失していることに気づいた。仕方なく、裸眼のわたくしと錆び付き自転車は歩くことにした。花びらで埋め尽くされた水路沿いの道。それも小さな幸せであった。







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# by kayu_hiko | 2017-02-07 20:26 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 05日

17歳になった息子へ

17歳になった息子へ

君は
21世紀を
生きている
でも時代は
まだ20世紀を
引きずっている
古い
というより
危ない価値観が
まだ至る所に潜在している
精神の自立を目指し
新たな
というより
優しい価値観に
想いを込めて
生きていってほしい

誕生日おめでとう










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# by kayu_hiko | 2017-02-05 14:47 | 日々ノ呟キ | Comments(0)