粥彦

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2017年 02月 09日

サンチョ (散文詩)



サンチョ

わたくしの住まいはほぼ鹿さんの居住地域と重なっている。入居当初は鹿さんたちの手荒な歓迎を受けたがすぐに忘却された。椿の花が一番の好物。これは鹿さんの秘密。

一匹だけ馴れ馴れしい鹿さんがいてサンチョと呼んでいる。サンチョはよく笑う。わたくしの言動、挙動、運動の全てが可笑しいと笑う。サンチョの角はカーブを描いて、とんがり。

ある朝、家の前にサンチョが佇んでいた。黒っぽいタクシーのようにも見えた。「おはよう」と言うと「お乗りなされ、奈良駅まで送りまする」と有り難い古い言葉。サンチョの口に椿を放りこんでやった。

ところが、というより、予想通りサンチョは森へ入ってゆく。「こらこら」と言うと「ほれほれ」と相槌を打つ。「こらこら」、「ほれほれ」、「こらこら」、「ほれほれ」。奥へ奥へと入ってゆく。

われわれの可笑しな運動。これぞ人鹿一体のちぐはぐさである。この運動に森の神様がうんざりしたからか、サンチョの馴れ馴れしさが度を超えたからか、時空の裂け目に入ってしまった。しかし、わたくしにはよくある事。一刹那、赤い蝶の大群を見た。

奈良駅前にサンチョの姿は無かった。広場の鑑真和尚はずぶ濡れになって笑っている。修行も大変だ。お、和尚の頭上に赤い花。あれはきっとサンチョの忘れ物。





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# by kayu_hiko | 2017-02-09 10:21 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 07日

染井吉野 散文詩



散文詩


染井吉野


水路沿いの空地に染井吉野が一本咲いた。わたくしは、わたくしを脱ぎ捨てて呆然と花を見ていた。錆び付いた自転車を漕ぎ漕ぎ漸く小さな幸せに辿り着いた。そりゃ、眼鏡も光るはずだ。

脱ぎ捨てられたわたくしは、思うようにふくらみを保てず眠っているみたいだ。でも、胸のあたりが凹んでは凹み、もう後がないのかもしれない。脱皮した方のわたくしは、手を合わせた。

満開の染井吉野の花びらがわたくしの襤褸自転車と噂話をしている。内容までは聴き取れないが、わたくしの来し方行く末を案じているようだ。ああ、もうすぐ眼鏡から鳩が出そうだ。

ぼろりん、と出てきたのは雀だった。いつも間違いだらけだがそれにも慣れた感じ。わたくしの肩に乗っていただき、一緒に染井吉野を眺めていた。

帰り際、眼鏡が消失していることに気づいた。仕方なく、裸眼のわたくしと錆び付き自転車は歩くことにした。花びらで埋め尽くされた水路沿いの道。それも小さな幸せであった。







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# by kayu_hiko | 2017-02-07 20:26 | 作品 | Comments(0)
2017年 02月 05日

17歳になった息子へ

17歳になった息子へ

君は
21世紀を
生きている
でも時代は
まだ20世紀を
引きずっている
古い
というより
危ない価値観が
まだ至る所に潜在している
精神の自立を目指し
新たな
というより
優しい価値観に
想いを込めて
生きていってほしい

誕生日おめでとう










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# by kayu_hiko | 2017-02-05 14:47 | 日々ノ呟キ | Comments(0)
2017年 02月 05日

立春

立春

奈良の光は
眩しくて
鹿も
人も
目を細め
にこやか

二月堂の
石畳は
お水取りの賑わいを
待ちわびている

ささやきの小径の
馬酔木(あしび)
小さな蕾たちは
列をなして
春を待っている

今日は
奈良日和
明日は
やさしい雨が降りそう


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# by kayu_hiko | 2017-02-05 14:45 | 日々ノ呟キ | Comments(0)
2017年 02月 03日

亀抜き様

散文詩


亀抜き様

長い列であった。豆腐屋のヨシナシさんは呆れて水を打って帰ってしまった。亀を抜くことがこんな難儀な平日の午前。わたくしは葡萄を食べながらならんでいた。

青い葡萄を送ってくれたのは瓢箪山在住のカナトコ氏である。宅急便の封を開けるとまた箱があり繰り返すこと五度。で、漸く果実に辿り着いた。同封の書面には達筆で「あやまちすな」とあり。破いて捨てた。

待つこと約二十分。列からの離脱者が相次いだ。亀抜き様に近づいて自然と亀が抜けたのか、一様に暗い笑顔を残して去って行った。既に亀詰まりを起こしているわたくしは羨ましい。

小部屋に入るとおじさんかおばさんがいた。その人、亀抜き様は、いきなり左手を差し出しパアをした。わたくしは何のことか葡萄一顆をパアの薄い窪みに置いた。すると亀抜き様はしゅんと眠ってしまった。

今度は待つこと三十分。後ろの法学士が「まだですか訴えますよ」と早口の怖い顔。文学部美学科除籍のわたくしは「ゴメンナゴメンナ」を連発するばかり。はやく起きて光ってよ亀抜き様。

祈りが通じたのか、しばらくして亀抜き様は目を開けた。指示があり、わたくしは口を開けた。窓の外には午後の下弦の月。亀抜き様は、微弱波動を受け取ったふりをして徐にわたくしを診た。

口内一瞥、亀抜き様は、「オオ、ギッシリ亀ガツマツテオルワ」と言った。そして「シバラク様子ヲミヨウ」と呆れたお言葉。わたくしの亀らは大はしゃぎの末、また体内に潜り込んだ。





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# by kayu_hiko | 2017-02-03 19:14 | 作品 | Comments(0)